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2025年12月、れいわ新選組代表戦に立候補した篠原一騎さん。
当時の彼は、現役高校3年生。
高校生の代表選立候補は極めて異例であり、『若き政治家の誕生か⁈』と大きな話題になりました。
幼少期から家庭環境が特殊で「障害を持つ家族」「父子家庭」という環境の中で、様々な葛藤を抱えながら過ごされてきたようです。
篠原さんはいったいどのような家庭で育ってきたのでしょうか。
そして、彼が政治家を目指すきっかけとなった父親の存在とは?
篠原一騎の家族・父親について、情報を詳しくお伝えしていきます。

篠原一騎 プロフィール
まずは簡単なプロフィールから。

- 名前:篠原 一騎(しのはら いっき)
- 生年月日:2007年9月10日
- 年齢:18歳 ※2026年7月時点
- 学歴:学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校
通信制高校 N高等学校・現役3年生時に、れいわ新選組代表戦に立候補した篠原一騎さん。
被選挙権を持たない高校生が国政政党の代表戦に立候補するのは異例。
”憲政史上初”と騒がれ、大きな話題となりました。
被選挙権とは?
国会議員や都道府県知事・都道府県議会議員、市区町村長・市区町村議会議員に就くことのできる権利。
被選挙権は職によって年齢が異なり、25歳または30歳以上であることが必要。
2025年12月に行われた「れいわ新選組代表戦」では、惜しくも落選。
しかし、2026年7月9日に党代表の山本太郎氏が辞任を表明。
今後、篠原さんがどういう形で政治活動を継続されるのか、注目されています。
なお、篠原一騎さんの出身校である「N高等学校」については、こちらの記事でもご紹介しています。⇩⇩

篠原さんの学生時代の様子を垣間見ることができますよ!
篠原一騎の家族構成は?
続いて篠原さんの家族構成をご紹介します。
・両親
・長女(6歳上)
・次女(1歳上)
・本人
篠原さんは、両親、姉2人、本人の5人家族です。
彼が中学2年生の頃、両親が離婚。
その後「父子家庭」となり、父親のもとで育てられました。
聴覚障害のある母と長姉
母と一番上の姉は、生まれつき『聴覚障害』があったといいます。
2025年12月配信のYouTube動画『篠原一騎のゆるっとNews meet up # 8』で、篠原さんが自身の名前の由来とご家族について語られています。⇩
動画内で、障害のある母と長姉について言及。
篠原一騎母親と長女が障害を持っている。
耳が不自由だと発音が難しい。
『一騎』という名は父親がつけたのだそう。
自分がどう発音しているのかがわからない、自分の言葉が聞こえない母と長姉のために、わかりやすい『一騎』という名を付けたといいます。
幼い頃から指文字を自然に習得
幼少期から、障害のある家族を支えながら暮らすことが日常だった篠原さん。
1歳の頃には指文字ができたのだそう。
指文字とは?
ひらがなの50音を一文字ずつ手の形で表す「文字」で表現する方法。
手話で表せない単語を伝える時に、指文字を組み合わせて使う。
参考資料:指文字を具体的にご紹介している動画はこちら⇩⇩
Sign Lab.〜手話の世界の歩き方〜
その一方で、小さい頃から「家族が障害を持つことでからかわれることがあった」といいます。
周囲との違和感や生きづらさを感じていたのだそう。
当時の様子を2025年12月配信の「AERA」で振り返っています。⇩
母と上の姉には生まれつきの聴覚障害があり、私は1歳の頃から指文字ができたそうです。母らは、聞こえないから自身の発音が分からない。小さい頃は発音に関して、いじめに遭うこともあり、社会に対する違和感がありました。
引用元: AERA DIGITAL(アエラデジタル)
離婚・そして父子家庭に


篠原さんが中学2年生の時に親が離婚。
母親は姉二人の親権、父親が篠原さんの親権を持つことになります。
そして父と子二人の生活を余儀なくされることに。
その後運悪く、父親が体調不良で働けなくなり、生活困窮に追い込まれました。
祖父の左官屋の仕事を継いだ父は、腰を悪くして働けなくなってしまった。そこからは困窮生活。学校で嫌なことがあっても、誰にも言えず、一人で悶々と悩みを抱え込んでいました。だから、中学時代は半分以上、不登校。こんな生活が続くなら、早く消えたいと思っていた。『この世からいなくなりたい』と、そればかり。
引用元: AERA DIGITAL(アエラデジタル)
人間関係に悩み、中学の後半半分くらいは学校に通うことができなかったのだそう。
家庭の事情や出口の見えない毎日に精神的なダメージを受け、卒業まで不登校状態だったといいます。
そんな彼の様子に気づいたのは、父親だったのだとか。
noteに篠原さんが当時の心境を投稿しています。⇩
人の目を盗んで生きているような状況で、相談できる相手もいなかった。
引用元:篠原 一騎(しのはら いっき)
私から口には出せなかったけれど、親はそれを感じ取ったのでしょう。
後になって「お前が塞ぎ込んでしまったのは、自分のせいだと責任を感じていた」という話も聞きました。申し訳なかった。
「父のことは天才だと思っています。弁舌でも勝てない。」と明言する篠原さんですが、父親とはどんな人なのでしょうか。
続いて篠原一騎さんの父について詳しくご紹介します。
篠原一騎の父親はどんな人?
篠原さんの父親は一般の方なので、情報はほとんど公開されていません。
ただ、篠原さんのインタビュー記事やSNS投稿から父親についてわかる情報をまとめました。
- 職業:左官屋(祖父の仕事を引き継いだ)
- 趣味:テレビの政治番組を好んで視聴していた
- その他:
- 代表戦出馬を提案してくれたのは父
- れいわ新選組にズブズブだった中学生の息子に、他政党も見るようにアドバイス
- 父子の会話はほとんどが政治の話(他には飼っているニャンコの話のみ)
父親について、年齢や名前、顔画像などは明らかにされていません。
ただ、篠原さんのSNS投稿やインタビューからは、父親に対する感謝や尊敬の意が伝わってきます。
こちらは2026年2月22日の篠原さんによるX投稿です⇩⇩
代表選時からこのような憶測が飛び交っており、この件に関しては何も意見を発しませんでしたが、ここで書かせていただきます。
— しのはら一騎(篠原一騎) (@ikki_0910) February 22, 2026
長文になることをお許しください。
私は、元は地元の私立全日制高校に進学することがほぼ決まっていました。
しかし、出願ギリギリでN高グループに入学しました。… https://t.co/uGMsg72MZ5
中学生で一党の考え方に染まりかけていた篠原さんに対し、



他の党の考え方も聞いて、自分の考え・意見を持て。
自分の言葉で話せるようになれ。
とアドバイス。
多くの催しに足を運ばせてくれた父に対し、篠原さんは感謝の気持ちを伝えています。
また、通信制の高校への進学を決めた時、周囲が大反対したにもかかわらず、



お前のやりたいことができる学校を選べばいい。
と背中を押してくれたのも父だったといいます。
親子の信頼関係がしっかり築かれているのでしょうね。
篠原さんのこれまでの人生における選択は、父の影響を大きく受けていたといえそうです。
まとめ
家庭環境や経済的困難を乗り越えながら、自らの経験を政治への関心へとつなげてきた篠原一騎さん。
父の存在が、現在の政治活動の原点になっているのかもしれません。
今後、その経験をどのように社会に還元していくのか、一人の政治家として注目していきたいと思います。

















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