今回は、内閣総理大臣・高市早苗氏と山本拓夫妻について。
初の女性首相としての手腕がメディアで取り上げられる一方で、私生活ではどんな方なのか・・・気になりますよね。
実は、高市氏と山本氏は再再婚なのだとか⁈
本記事では
・お二人の出会い~現在に至るまでの経緯
・離婚理由とは?
など、”高市夫妻の噂の真相”についてまとめていきます。
高市早苗・山本拓のプロフィール

- 高市早苗
-
- 名前:高市 早苗(たかいち さなえ)
- 生年月日:1961年3月7日
- 年齢:65歳(2026年5月時点)
- 出身地:奈良県出身
- 山本拓
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- 名前:山本 拓(やまもと たく)
- 生年月日:1952年7月7日
- 年齢:73歳(2026年5月時点)
- 出身地:福井県鯖江市生まれ
今回の記事の内容は、高市氏と山本氏の
結婚 ➡ 離婚 ➡ 再再婚
をされている件についてのお話です。
どのような経緯で2度目の結婚に至ったのか?を、順をおって説明していきます。
高市早苗・最初の結婚
最初の結婚は2004年9月。
高市早苗さんは初婚(43歳)・山本拓氏は再婚(52歳)でした。

まずは、最初の結婚・馴れ初めの説明です
お二人の馴れ初めは?
2003年の高市氏の衆議院選挙落選がきっかけです。
二人は同じ自民党の清和会(森派)に所属しており、古くから面識がありましたが、当初はお互いにあまりよい印象を持っていなかったそうです。
高市氏が落選したことにより、山本氏から励ましの電話が入り、その親切さに高市氏の印象が変わったったようです。
2004年6月初旬に電話で・・・
山本拓[真剣に結婚相手を探して
おられるんでしたら、
僕もバツイチですので、
立候補しますよ]と
僕が、プロポーズしたんです。



私は、即断即決で、1週間後にOKの電話を致しました。
2004年9月に入籍!!「非常にスピーディーな決断だった交際0日婚」と自身の公式サイトで結婚報告と共に明かされたそうです。
0日婚って・・・なかなかいないですね!何か「ビビビッ!!」ときたのでしょうか?
山本氏は、再婚であったために披露宴を行わないことを提案したそうです。
しかし、初婚だった高市は「ウェディングドレスを着たい」という強い希望で、大阪・東京・福井の3カ所で盛大に開催されました。
披露宴3か所・・・女性にとっては、嬉しい限りですね!


山本氏は調理師免許の資格を活かして家庭内では食事作りの担当することに。
2人は政界きっての『おしどり夫婦』として有名だったと言います。
しかし、結婚から13年が経ち、終止符が打たれることに。
離婚に至った理由とは何だったのでしょうか?見ていきましょう
高市早苗と山本拓の離婚
2013年7月19日、離婚。


政治的スタンスの違いが理由
高市氏が大臣などに昇進していく一方、山本氏が大臣になれなかったことが「夫婦間のすれ違い」つまり心理的な格差や立場の違いとして影響したと複数のメディアで指摘されています。
2012年の総裁選では高市氏が安倍晋三氏を支持したのに対し、山本氏は石破茂氏を支持しており、政治的な対立も表面化していたようです。


それぞれの信念や政治的活動への熱意が強く「政策活動に没頭したい」という結論に至ったと語られています。
夫婦間での立場や格差が要因
山本氏がため込んでいた胸の内を明かす・・・この日は突然やってきました。



突然、切り出されたんです。『ずっと我慢してきた』って
「主人の我慢の風船が破裂した」
「離婚の原因は、主人に嫌な思いをさせていた私にある」
このような発言を高市氏はしており、夫の「我慢やストレスが限界に達した」ことや「その背景にある自身の昇進や役職」をめぐる、夫婦間の葛藤があったことを認めているようです。
こちらの写真は、離婚を発表する3か月前の写真です⇩⇩写真を見る限り、まったくと言ってよいほど不仲には見えませんね。


二人は私生活では円満に過ごしていたものの「キャリアの違いや政治的対立が、家庭内のすれ違い」を生み、政策活動に専念するために別々の道を選ばざるを得なかったようですね。
離婚後、お二人の政治活動はそれぞれ独自に続けられていたようです。
山本氏は2017年の衆院選で比例北陸信越ブロックの自民党候補として出馬し、8期目の当選を果たしています。
一方、高市氏も総務大臣など要職を務めるなど、政治活動を活発に続けていたそうです。
続いて、お二人が再び結ばれます、その経緯を見ていきましょう
高市早苗と山本拓の2度目の結婚
2021年12月、山本拓氏が衆院選で落選後、再再婚。


2人が再再婚した理由は、
山本氏の衆院選落選で、これまでの「政治的スタンスの違いやしがらみ」がなくなったから。
とされています。
また、高市氏が「健康管理を含む私生活のサポート役を求めた」ことも理由と考えられています。
離婚の理由が政治スタンスの違いによるもので、離婚後も嫌悪感はなく、再婚後は円満のようです。
お互いの信頼や愛情、居心地の良さが再婚の重要な決め手であった可能性が高いと推測されますね。
再婚したと同時に、今度は山本氏が「高市姓」へ改姓し「高市拓」となっています。
改姓に関しての内容はプライバシーの関係上、公表されていません。
二人の現在は?


山本氏は2025年に脳梗塞で倒れ、右半身不随の状態となり介護を受けているため、現在は政治活動や公的な仕事はほぼ休止している状況です。
その介護は妻の高市早苗氏が一人でやってることも明らかになっています。
高市氏は首相就任後も、脳梗塞で倒れて車いす生活を送る山本氏との生活のため、バリアフリー設備の整った議員宿舎に住み続けていましたが、2025年12月に首相官邸に引っ越しをしました。
その時の様子を高市氏がXに投稿しています。⇩⇩
夫とともに公邸に引っ越して10日あまりとなりました。
— 高市早苗 (@takaichi_sanae) January 9, 2026
私達の公邸への転居に関する報道を目にした夫は、落ち込んでいる様子でした。
それは、大手報道機関も含めて、「転居を前に公邸はバリアフリー対応の改修も実施された」という誤った報道を目にしたからです。…
「転居を前に公邸はバリアフリー対応の改修も実施された」という報道メディアの誤った報道を目にした夫が、



僕のせいで、多額の公金が使われたのか
と落ち込んでいるのを見て、公邸の管理をしている官邸事務所に高市氏が確認をしたといいます。
結果、室内清掃など通常の修繕作業のみでバリアフリー工事はいっさい含まれていないということがわかったのだそう。



夫にも伝えて、明るくリハビリに励んで全快して欲しいなと願っています。
早く調理師資格を持つ夫の得意料理も食べたいし・・・。
とSNSで自身の気持ちを吐露しています。
一方、山本氏も首相就任後の朝日新聞やメディアのインタビューで、



スポットライトを浴びない「ステルス夫」として妻をサポートしたい
と発言しています。
ご夫婦でお互いを思いやる気持ちが、素敵ですね。
まとめ
以上、高市早苗と山本拓の離婚理由についてご紹介しました。
公務で多忙極まる中、帰宅後は夫の食事や入浴も介助し、二人の私生活においては様々な報道がされています。
息子の山本建氏によると、山本拓氏は「激務で疲れて帰ってきた妻を冗談で笑わせて気持ちを切り替えさせている」とのこと。
高市氏にとっても、夫の存在が大きな支えになっていることは間違いないようですね。














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