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今回は日本共産党 衆議院議員、田村智子氏について。
政治家としての活動も気になりますが、「若い頃はどうだったの?」と興味を持つ方が多いようです。
本記事では”田村智子の若い頃”について、
- 学生・青年時代
- 党職員・議員秘書時代
- 政界へ進出
など、エピソードを交えながら説明していきます。
ぜひ、最後までご覧くださいね。
田村智子のプロフィール
| 名前 | 田村智子(たむら ともこ) 通称:たむとも |
| 生年月日/年齢 | 1965年7月4日 60才(2026年5月時点 |
| 出身地 | 長野県小諸市 |
| 家族構成 | 夫、一男一女の4人家族 |
| 学歴 | 早稲田大学第一文学部卒業 |
1993年に民青同盟で出会った男性と結婚。
一男一女に恵まれ、過去に自身のコラムやSNSで、子どもたちの成長や日常について触れています。
政治活動
2010年、第22回参議院議員通常選挙で比例区個人得票第2位となり、初当選。
2015年、日本共産党中央委員、同女性委員会副責任者に就任。
2016年、日本共産党副委員長、常任幹部会委員に選出、同年7月第24回参議院議員通常選挙で当選。
2020年、日本共産党政策委員会責任者に選出。
2022年、第26回参議院議員通常選挙で当選。(3選)
2024年、日本共産党中央委員会幹部会委員長に就任。
同年10月、第50回衆議院議員総選挙に比例東京ブロックから立候補し、初当選。
2026年2月、第51回衆議院議員総選挙で再選を果たし、現在、衆議院議員2期目を務めています。
田村智子の若い頃
ここからは、田村氏の若い頃について。
若い頃にどのような時を過ごしたか時代別に説明していきます。
幼少・学生時代
田村氏は文房具店の娘だった
実家は文房具店(山崎屋文具店)。
現在はリノベーションし、当時のものを残しつつ、お店の名前もそのまま使ってくださってるそうです。
⇩⇩田村氏が現在のお店や幼少期の様子を語っています⇩⇩
文房具屋の2番目の娘として生まれ育ち、おしゃべりが大好きで店番などもしていたそうですよ。
小学生時代
本が大好きで、市立図書館が自宅から5分程度のところにあったそうです。
日曜日の午後は図書館で子ども同士で紙芝居を演じることもあったとか!
小学校4年生で合唱クラブに入部。
そして5年生では、NHK合唱コンクールで長野県代表に選ばれたのだそう。
小学校4年生で合唱クラブに入部。朝、昼、放課後と毎日、夏休みもお盆以外は弁当持参で練習でした。
その甲斐あってか、小学校5年生のとき、NHK合唱コンクールで長野県代表になり、テレビ放映のためNHK長野放送局での録画撮りも経験しました。
引用元:https://www.tamura-jcp.info/

部活動顔負けの練習が実を結んだんだね!
中学・高校時代
中学も合唱三昧の日々を過ごしたそうです。
女性ばかりの合唱で、3年生のときにどうしても「混声合唱で歌いたい・・・」と男子をスカウト。
変声期の男性たちを悩ませながら、辞めたいという人にも手紙攻勢でひきとめて文化祭まで付き合わせたんだとか!



熱量がすごいっ
高校も合唱部に所属しています。


高校の文化祭
高校時代は、平和や社会問題への関心を深めた時期だったそうです。
政治活動や社会運動への関心は、この頃から芽生え始めたのかもしれませんね!
こちらは修学旅行での田村氏の画像です⇩⇩


高校2年 修学旅行
大学時代
大学では、早稲田大学混声合唱団に入り「毎日が歌、どこにいても歌」という日々を送っていたそうです。
プロの声楽家によるボイストレーニングやプロ指揮者から「本格的な合唱とはこういうものか」と感化され、サークル活動に没頭していたようですよ!
田村氏はホントに歌がお好きなのですね。


大学1年生時
合唱以外では、学費値上げ反対運動などに取り組み、日本民主青年同盟(民青)に参加。
この時に日本共産党との出会いがあったそうです。
活動していく中で【1980年代半ばの米ソによる核兵器開発競争】に対する強い危機感を持ったといいます。
このきっかけが「政治家」を目指す一歩に繋がっているようですね!
党職員・議員秘書時代
ここからは大学卒業後の田村智子氏についてご紹介します。
党職員時代
大学卒業後、民青の専従職員となり、東京都委員会や中央委員会に勤務。
バブル景気下だったにもかかわらず、給料も安く職場環境も決して恵まれていなかったといいます。
当時のご両親は強く反対されていたようですが、田村氏は「社会運動や平和運動にやりがいを感じていた」のだそう。
こちらの写真は民青同盟の専従として活動しているときです。⇩⇩


1995年の田村智子さん
こちら⇩⇩、何年のお写真かは不明ですが、おそらく上記のお写真と同じ頃にとられたであろうお写真です。


日本共産党・七夕宣伝
着物姿がとてもお似合いで風情がありますね。
議員秘書時代
1995年に第一子を出産後、日本共産党国会議員団事務局へ勤務されます。


1995第一子出産
国会秘書として走り回る日々が続きます。
1997年1月、石井郁子衆議院議員の秘書にとして主に教育分野を担当されています。
1998年、参議院議員選挙に初出馬し、惜しくも落選。⇩⇩
2000年、石井郁子議員の秘書として学校図書館を調査している様子⇩⇩


政界へ進出
政界進出には、大学時代に抱いた「核兵器廃絶」への強い思いが大きく影響したそうです。
「核兵器は廃絶できる」という日本共産党の呼びかけで、「政治を変えることはできるんだ」と感じ、入党を決意。
政界へ進む原点になったことがうかがえますね!!
選挙前の地域集会をしている写真です。(赤色の洋服が田村氏)⇩⇩


こちらは1998年以降、国政選挙5回・地方選挙1回、立候補した田村氏。⇩⇩


そして2010年、第22回参議院議員選挙比例代表で個人得票2位となり国政6回目の挑戦で、初当選。




田村氏は学生運動や青年運動を経験し、地道な活動と粘り強さで、国政入りを果たしました。
2024年には日本共産党の女性初の委員長として党を率いています。
現在は、”たむとも”という愛称でyoutube(たむともチャンネル)も開設。
政治についてや自身についても語っています。
親しみやすい&誰でもわかりやすく説明してくれてるとコメント欄は評判がいいようですよ!!




まとめ
いかがでしたか?今回は田村智子氏の若かりし頃でした。
一つ一つに長年、真剣に取り組める、政界にはなくてはならない存在ですね!
今回は田村氏の人間性が垣間見れたと思います。
今後もたむともスタイルで頑張ってほしいです。















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